yahoo!ブログ 10周年記念シリーズ

10周年記念と、10月下旬に食べた東洋軒のワンタンメン画像をトップページに上げたの
が夜中だっので、それから食べたくなって仕方なくなり。記念日だし、原点のお店に行くの
が良いだろうと、仕事帰りに、行ってきました。

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小倉北区黄金町。外から伺うと、厨房に大将の姿はなかったけれど、記念日だし・・・
入ったら、ちょうど大将が厨房に立つタイミングで。おおっ、ラッキー。実のところ、前回、
つまりトップページに上げた画像の時、やはり大将だったんだけど、この日はホントに
珍しいくらい大外れだったので(汗)リベンジも兼ねてたんだけど・・・

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大将が麺上げする真ん前付近のカウンター席に、なるべく座るようにしてるが、今日は
空いていたので、なんなくゲット。ラーメンを作り始め、出来上がり、私が食べ終わるまで、
ずっとおしゃべり。だいたい、9割がた、大将が一方的に喋るのだけど(笑)

いつもの、ワンタンメン 800円 (タケノコ多めオーダー)

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まずは、スープをひと啜り。ううううん、今日のスープ、最高に旨い。この前と雲泥の差
なんだけど(笑)スープの旨味が深い。トンコツの出汁が良く出たんだろうなぁ。出汁が
弱い時はトリガラが多い感じがあるので。サラリとした味わいの中に、まったりとしたコ
クがあって舌の上を通り過ぎて食道になだれ込む。やや太めで加水率もやや低い麺
は、その態様から、ほんの少し縮れ気味でスープをうまく絡めて来る。スープまで全部
食べると塩味が口中に残るのもいつものこと。タレに塩茹チャーシューの煮汁が隠し味
で入っているので、塩味が強く出るのは、ここの特徴。
しかし、この何年かでも最高部類。いや、来てよかったなぁ。旨いから写真もデカい(笑)

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北九州市小倉北区黄金町1-4-30 /定休・水曜 /P・店舗横高架下沿いと裏に数台


さて、以前、「東洋軒のアレコレについて勝手に語る(笑)」なる記事をUPしたが・・・
10周年記念なので改訂版をUPします。

<後継者の話>
一時期後継者と見込んでいた親戚と弟子が以前、お店に居たけれど。弟子は辞めて、
門司に自分の店を開店(現在は閉店=ゑびす屋)。一方、親戚の方は、身体を壊して
しまって、やはり辞めることになり。今居るのは従業員と聞いていたが、大将も高齢と
なり、店長が朝から仕込み、午後まで厨房。もう一人の若手が、午後からのスープを
仕込み、夕方は厨房に立ち。大将は総監督であるとともに、休憩・交代など合間のヘ
ルプで厨房に立っている(一時は完全に任せていたんだけど)。
ちなみに、大将は、お弟子さんのことは、かなり突っ込まないと教えてくれません。ただ、
何人か巣立って行って、お店は出したものの、なかなか軌道に乗らないようですねぇ。
真鶴の「宝龍」は健在ですが・・・まあ、私はね・・・(以下略)
一時期、直方にあったソックリな東洋軒。支店ではなく、前にお店に居た人で、まったく
知らないわけではないが、直接の関係はなかったようです。
黒崎に、かつてあったらしい東洋軒は、親戚らしくて、こちらはシッカリ協力したらしいの
ですが、すぐに閉店してしまったようです(汗)
なお、息子さんが厨房に居るような情報書いてる人もいるけれど、息子さんは全く別の、
仕事されてる方、なんですけどねぇ・・・よくお孫さんの話と共に雑談で聞かされてます(笑)
さて、大将も高齢となり、今後が気になるところであります。ま、しかし、雨どいの修理で
屋根に登ったり、お元気ですから・・・今のうちに、なるべく食べに行こうと思ってますが。
大将も、お客さんのおかげだと。気を抜かないように緊張感持って仕事しているのが、
良いのかもと仰ってました。
 
<紅いのは「タケノコ」です>
一時期、いろいろ書かれました。シナチク、メンマ・・・違います。多くの方が勘違いして
すが、紅生姜ではありません。テーブル、カウンターの上にあるのは、確かに紅生姜
ですが・・・最初からラーメンに入っているのは、タケノコです。東洋軒のは、孟宗タケノ
コで、お店で仕込みしてるらしいです。それからタケノコは合馬産らしいのですが、私は
未確認です。なお、大将の修行先のラーメンには入っていなくて、大将のオリジナルで
あり自慢の逸品です。
 
<創業>
昭和37年、らしいのですが、大将は「37年か38年頃」とアバウトに言ってました(笑)黄金
で開業し、ずっとココ。厳密に言えば・・・少し移動してます。
最初の店舗は今、駐車場と都市高速(建設時は「北九州道路」)になってるトコ。自動車
道路建設による立ち退きで移転。前のお店は、今のような立派なスープ室はなかっ
た・・・位は私も記憶があります。仕込を別の場所でやっていた時代もある(私の父・談)
とか。近くの「虎屋のパン」(創業・昭和26年)が47年に、同じ理由で今の場所に移転して
るので、移転はその頃かと。移転直後のピカピカの店内の様子を、いまでも憶えてます。
ちなみに、その頃はバイクでの出前もやってました。
 
<トンコツ100%、ではありません>
比率は諸説あるし企業秘密なんでしょうが、決して少なくない量の鶏ガラが入ってます。
話を、かねてから噂(テレビでも見たけど・笑)として聞いていたのですが、一度、
スープを覗かせてもらってシッカリ鶏ガラを見たので、間違いないです(笑)スッキリ
感は、北九州のイニシエ系ラーメンの定番、鶏がらが入りだからこそかと。なお、比率
については、その日のスープの出来によって調整の為さらに鶏がらスープを使ってい
るらしいです。
 
<修行先>
大将から直接聞いたのですが、実のお兄さんの店で、現在の小倉駅前(京町)にあっ
た「宝来軒」(今も八幡東区町に存在。現在は二代目のご子息、東洋軒から見て
甥が経営)で修行。
それまでやはり小倉駅近くで全く別の仕事をしていたらしいです(これは一時期、
同じ会社に在籍していた誰かさんの身内の証言です)。なるほど、スープ室で大将ご
慢の器具を見せてただいたことがありますが、前職で培ったであろう技術力で火
扱いはお手のモノ。東洋軒のスープは、しっかりした火の管理(強火)と、ラーメンを
良・工夫された大将の努力の賜物と思ってます。
 
<女将さんは?>
近年、ほとんどお店には出なくて、私も厨房で見たのは1回くらいで。昔は、奥さんが
揚げ、大将がスープ作り中心って感じでされてましたね。白に赤ラインの割烹着は、
と奥さんだけで、青の縦縞は従業員です。さて、現在ですが、大将が厨房に居る
時は、お店のどこか奥さんが居ることが多いです。残念ながら奥さんはご病気され
て以来、厨房業務から完全に引退されたのです。かつて、「ゑびす屋」の大将も証言
してましたが、奥さんの作るラーメンが一番旨かった・・・と。人柄が出るような優しい
味わいでした。
 
<余談>
大将は無類のクルマ好き(というか、機械モノの操作全般が趣味のようです)。今日も
その話と、機械の話を。かつては、クルマを買い換えるごとに、ラーメンの値段が上が
っていたと言う、有名な噂話が・・・(笑)複数の元従業員、車を販売した側の「証言」
がありますね(爆笑)お店が軌道に乗り、最初の乗用車を大将に売ったのは、誰かさ
の身内らしいのですが。(今日も、その話聞かされました・笑) 

なお、「勝手に語る・友達限定版」の方は、修正しません。
オフ会の際にでも聞いてください。