北九州〇(まる)かじり!<新館>

ぼちぼち更新中    since 2005.11.16(renewal OPEN 2019.5.6) 

(略歴・笑)
2005.11.16 niftyココログ「北九州〇(まる)かじり!べーやんの雑記帳」開設。
2006.11.25 yahoo!ブログ<別館>開設。ココログを<本館>と改称。
2019.5.6 ライブドア<新館>開設。yahoo!ブログ廃止により<別館>内容を移行・同時に<本館>記事も統合<本館>を<旧館>に改称。

カテゴリ: (食)北九州市小倉北区

北九州市小倉北区平松町 大門から日豊線の踏切・パチンコ店、東港に抜ける県道の平松町交差点の中北酒店隣に2026年1月8日に新規開店した小倉肉うどんの店。偶々通りかかってたくさんの花輪が出ているのでで認識した。花輪に小倉南区の今浪有名肉うどん店の名があったが弟子とかではなさそう?
店内はカウンター6席、小上がりテーブル4名と2名。6名までいけるね。家族連れに来てもらいたい、みたいなことをインスタで見たような?
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メニュー
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カウンター上に唐辛子・醤油・塩に生姜。自分で取る漬物は基本的な2種類。
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肉うどん小800円+玉ねぎ天150円
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着丼後の第一印象出汁は濃い色見じゃなく透明感があるのでクセはなさそうだし好みの予感。啜ってみると、ほんのりと醤油の良き香りに甘み。見た目通り醤油辛すぎないのが良いね。麺は自家製麺なのかなぁ、太目でカドがあるしっかりした食感。出汁が主張しすぎない分、肉には味がしっかり染みているからバランスが良い。下処理がちゃんとしてるので生姜は入れなくても良いけど寒いからしっかり入れてみた。小倉肉うどんのオーソドックスなタイプだけど、食べ手を選ばない優しい味わいだと思う。玉ねぎはバラバラで揚げたタイプで、ソースは見当たらないので備え付けの塩でいただいたり、出汁につけたり。油っこくないし良いのでは。

一番ご近所にある人気店の小倉系肉うどん店の創業時を思い出したなぁ。いまやそのお店はどんどん出汁が濃くなって私の好みから外れてしまって・・・生活圏であまりご縁がない場所と営業時間から、個人的にはあまり頻繁には行けないけど楽しみなお店が出来ましたね。この近くには興味ある夜のお店はあるんだけど(^^♪

北九州市小倉北区平松町5-7/定休・未定 6:00~麵無くなり次第終了 /P・あり

偶々店舗前を車で通りがかり幟と立て看板で見つけたショップ。それから何回か利用しているが横文字は苦手で店名をなかなか憶えないので(汗)勝手に直訳して「お菓子のヒカリコ」と呼んでるw基本的に木曜と日曜のみ営業(休みの場合もあり・公式インスタグラム参照)かつ売り切れ次第閉店という、ハードルが高いテイクアウト専門の小さなお店。インスタ以外の情報もなく、いつ頃開店したのかもわからないがインスタ投稿がが2025年3月開始だからその頃かな?よく通る道なのに営業日が少ないのと、この日は子どもの運転で助手席だったことで、幸運にも発見した次第。
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「保存料・着色料・ベーキングパウダー不使用」と店内に掲示があり、安全に配慮した手作りにこだわったお店のようだ。
店内を見回すとカットしたシフォンケーキと、冷蔵ケースの中にはこれもカットされた生クリームや果実のシフォンケーキとロールケーキ。シフォンケーキは割と近くに専門店「THE.GOODMOOD」があるが、こちらはロールケーキがあるのもいいねぇ。訪問時に確認したシフォンケーキはバター、コーヒー、クランベリーヨーグルト、チョコバナナ。純生ロールケーキはクリームとチョコクリーム、コーヒークリームに季節のロールケーキ、例えば桃のコンポートとチーズクリームのロールってのもあった。
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早速持ち帰ってバターシフォンケーキから。ふわっと・わずかなしっとり感に、嫌味のない甘みとバターの風味。旨い。
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ロールケーキもしっとり・ふわふわ感のある仕上がりで、甘さ控えめ。パサパサな食感があまり好きではないから、しっとり感があるのが
個人的にめちゃ好み。
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地元民中心の知る人ぞ知る的なお店で少量生産。初訪問から4か月、紹介するか正直迷ってました(汗)
→ココロが狭いんです😅
なお、販売=お店番は若いご主人、作っているのは奥さんらしいです。
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北九州市小倉北区下富野4-5-22メゾンN /木曜と日曜営業(イベント等で休業あり・公式インスタグラム参照)/P・あり

「僕の見たビートルズはTVの中」という斉藤和義の曲がある。
私もビートルズは映像しか見てない。日本公演の時は2歳w
ジョン以外の日本公演は全部、みたけど・・・という話は置いといて。
で、何故か、そのタイトルがこう変換されるのです。

「僕の中の(小倉)東洋軒は想い出の中」

突然の閉店から丸1年を経過しました(事実上は6月中旬営業停止、7月6日付で従業員解雇)
※ちなみに、この情報書き方を、そのまんま勝手に引用されているネット記事を拝見しました(苦笑)

昨年末に建物が解体されて駐車場となり(画像)
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見た目にも、私の思うところの東洋軒=有限会社 小倉東洋軒は消滅しました。
このブログを、沢山の方から閲覧していただき、また、コメントいただいて。
思い入れのある方が多いんだなぁ、と改めて思いましたし、感謝するとともに、私なりのケジメの気持ちを綴ります。また、併せて、少し元記事の方も手直ししています。↓↓↓
小倉東洋軒♦半世紀食べた男の回顧 ※閉店 : 北九州〇(まる)かじり!<新館> (livedoor.blog)
(大将とタケノコの項)

おそらく、復活を願う方も多いかとは思います。でも、私の中では、もう、タイトルの通りなんですよね。おまとめ的なレスで申し訳ないです。もう、ないものはないのです。ようやくそう思えるようになりました。

理由は、チラホラとブログにも綴っていますが、整理すると。。。

「レシピだけでは再現できないものがある」
なんですよ。一般的にはレシピさえあれば、と言われることがありますが、同じレシピでも作り手によって出来栄えは違いますよね?作り手の工夫やコツ、センスでも違います。
全く同じ味は再現できない、とみてます。同じ人が作っても、日によって出来栄えは違うから、そこをどう、標準にもっていくか、のコツも含めて。

(ハード面)
小倉東洋軒の場合、末期には事実上、作っていた従業員さんが居たので、もし、あのまま、事業継承しても、そこはクリアできていたかもしれませんが、いずれはカベに当たっていたかもしれません。なぜなら、設備面。本文にも書いていましたが、大将が、その知識を活かして独自に作った設備であり、大将以外はマネできないものだった、という点かなと。壊れた場合、再現できるのか、また、新規で作れるのか?

・特注羽釜でスープを取る設備
・大火力(燃料代=灯油)のコスト

それがペイできる売り上げが必要。だからこその大量の仕込みで抽出されていたスープです。
スープの量もだけど、寸胴や普通に販売しているバーナーでできるものではないと思われます。
いま、ひょっとして権利を取得された?とおもわれるグループさんは、セントラルキッチン方式=1か所の製造場所で作って配送されているようで、その問題は解決済みかもしれませんが、私の個人的感想では、あの風味、そして味は、まだまだ出ていない感じです。何かが違うのでしょうね。タケノコは各店で仕込んでおられるのかな?ワンタンは?材料の仕入先も変わっていることでしょうし。少なくとも骨や肉は変わった?ようです(後日、確認しようとは思ってます)。そして、かつて、一時北九州を席捲したラーメン店主さんに聞いた言葉は「水が変わるとスープも変わる」。なんとか頑張って欲しいトコではありますけど。

(重要なのはスピリッツ)
設備面もだけど、「人」も重要なファクターです。あの大将が居たから、やってた仕込み。自分に厳しく、商売に真摯に向きあっていた大将。だから従業員にも厳しい指導があって。スープだけじゃなく、おにぎりや、タケノコに至るまで、私たちが思う以上に、手間暇かけていたなんだ、ということを知り、ああ、今の時代、ハードル高くて無理なんだなぁ、と。

単純にラーメンが高いとか酷評する方も多かったけど、それだけの手間暇や、コストをかけていたのは間違いなく。聞くところ労働環境も、厳しいようでしたし💦そんなラーメン。今の時代、100%再現できないと思ってます。

先月だったか、酒場で、地元では有名な飲食運営会社の開発責任者の方と話す機会があり「いずれは再現して見せる」とのお言葉でした(近々、小倉に新しいラーメン店を出店されるところです)。私の話を聞いて、闘志に火が付いたのかもw
確かにそれなりな資金があれば、開発できるかもしれない。でもそれは、だれがやっても同じ味となるように標準化されてるのは想像に難くない。個人店ではできたこと、もあるかと思います。

味は寄せられるかもしれない。
でも、その時は「東洋軒」の名はなるべくなら・・・。
大将や、そのスピリッツが継承されてこその「小倉東洋軒」。

私の中では、すでに、「よき思い出」なんです。
噂によると、小倉にも出店があるとかないとか?
興味はありますが、私の中では切り離して、新しいラーメンと思うようにしてます。
もし、味が再現できたなら、それはそれで嬉しいのですが。

最後に。
小倉東洋軒を卒業された従業員の皆さま。
同じラーメンは作れなくても、大将の「人」としてのスピリッツを引き継いで、真摯にラーメンに向き合っているい限り、これからも、個人的に応援したいと思います。

小倉北区紺屋町。以前は元・紫水会館(北九州ボウル)があった通り。中津口のドンキ・ホーテから浅香通りに抜ける、右側。2022年1月初めまで同じ紺屋町の勝山ビル(R4.8現在 ビル解体中)で営業していた「栗ちゃんラーメン紺屋町店」が立ち退となり、昨年末から新店舗は工事をしていたが、この2022年1月15日に移転開業となっている。
有名な八幡東区の本店ほどではない(まだ記事にしてないかもw)が、超辛口の辛子高菜は、ラーメンに入れてはいけない等(今回はライスを食べていないので以前の店と本店でいただいたことがある)、ルールがあるので注意を要する。もっとも、本店ほどではないのでいろいろ細かく怒られることはない(ちなみに本店で怒られたことはない)し、なんとなく伸び伸びと食べれるのは好感だ。
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(メニュー)
定食にするとライスと唐揚げがつくようだが、ライス100円なら、それでだけでよいかもですね。ライスあれば、有名?なラーメン投入お断りの辛子高菜も食べれるし。
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ラーメン 700円
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ライスは、炭水化物過多になるから、迷わずラーメン単品で。

まずはいつものようにスープから。1口目は案外とスムーズに。栗ちゃんといえば、濃厚どっぷりという印象なのだが食べ始めからしばらくは、この手のスープにはよくある「強めの元ダレ」効果でススっと入る。もっとも食べ進むウチに、だんだん濃厚さが支配してくる。それに加えての厚め三枚バラ肉チャーシュー、脂分で辟易しそうなのだが、このチャーシューが脂身がありながら、くどくないのは好感。麺はデフォルトでも少し堅めに茹で上げられていて、その食感も、スープとの絡みも良い。
食す側の年齢w的に、この手のスープ(皮?の脂塊が浮いているのが散見される)はきつい感じなので、スープまですべて完食とはいかなかったが、以前の印象よりは、ずいぶんよい感じがした。「若者向け」であるのは、変わらないけれど。移転による影響は、あまりなさそうな感じもした。ラーメンは少しでも場所が変わると違ってくるらしいから。
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個人的には飲んだ後に、よく通る道筋にできたのだが、締めのラーメンを食べなくなって久しい。
それに、その前に「春燕」という強力な引力もある。「春燕」がお休みの木曜・日曜なら、ライスも頼んで、ガッツリ辛子高菜を食べてみたいね。

北九州市小倉北区紺屋町14-21 竹下ビル /定休・水曜 /営業時間 11:00-15:00 18:00-翌4:00  /P・周辺コイン駐車場

今月に入り建物が解体され、更地に。
すっかり面影も無くなってしまいました💦
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ちなみに解体以前
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建物は雨漏りやら、限界に来ていたとは思いますが。
さて跡地がどうなることやら。。。

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新装なった小倉駅新幹線口のフードゾーン 、VIERRA小倉(ビエラ小倉 ⇒ 旧・小倉ひまわり通り)に2021年7月30日オープン。仕事帰りの夕方覗いてみると、数名程度の入りだったので初訪問。チェーン店(特に中央資本の)は普段興味ないんだけど、懐かしのナポリタンと謳われては俄然興味が出て。
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店内は、「コ」の字カウンター中心にテーブル席が若干。カウンター席の椅子後部にはカバン置きがあるけど、ビジネスバックならいざ知らず、リュックや買い物帰りは荷物が置きにくいし、リュックの置き場に戸惑っていたけどこの日はスタッフから籠を供されることもなかったなぁ。あとからのカウンターお客さんもそんな感じだった。カウンター上は、タバスコと紙ナプキン、アルコールスプレー(100金の容器やね)コップと給水ポット程度。タブレットらしき置き場所は「準備中」。フォークは食事と登場するが粉チーズは、食事が登場したタイミングで頼むと、しっかり大きな容器で供されるのでチーズガッツリも可能。スプーンや、前掛けも頼めるみたいだけど、お子ちゃまじゃないからパス(笑)

メニュー
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ナポリタンだけじゃなく、ミートソースやカレーとのコラボみたいのもある。
値段は、安くはないね。中と小でちょいと考えたが初食でお試しみたいな感じなので小にしてみる。

ナポリタン(小)690円 + トッピング追加 目玉焼き100円
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注文して、案外時間がかかった。見ているとシッカリ炒めている様子が伺えて期待大・・・だったが。具は刻んだソーセージ、ピーマン、玉ねぎと、ナポリタンの基本をしっかり。ケチャップもしつこさがなくて良いのだが、いかんせん、麺がね。太目でヤワヤワ。うーん、懐かしのって、これじゃ給食のソフトめんか、袋で売ってる、ゆでナポリタンなんよね。これが懐かしいって意味なのかな?これまでお店で食べてた、いにしえナポリタンって乾麺を茹でて調理したもので、お店により歯ごたえがあったり、なかったり。ない場合でも、ここまでヤワヤワブヨブヨってのはない気がする。小でも結構な量があったし、この麺の感じなら小にして良かったかな。普通のイニシエ系なら大でもイケるんだが。沢山は要らないってカンジ。

小倉駅周囲にはイニシエ系ナポリタンを供するお店が何店かあるが、個人的には味も価格も、そっちの方が良いなぁ。と、いう訳でリピはないかな・・・

北九州市小倉北区浅野 小倉駅新幹線口 ビエラ小倉2階

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※某新店舗のページに、本記事から画像が無断使用されている疑いがあります。悲しいことです。

※文末に続きあり、としていましたが、2021年7月6日、事実上の閉店が決まったため、追記します。

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このブログや食べログ、他のSNSでのプロフィール等。ラーメンの画を使うなら「小倉東洋軒」の画を使っています。それは、私が2,3歳の時に初めてお店でラーメンを食べたのがコチラであり。それから半世紀を、とうに過ぎました。私のラーメンの基準であり、ラーメン=東洋軒。唯一無二の存在です。また、両親と大将ご夫婦が古い知人であり、いろんな話をさせてもらいました。この度、思うところあって、これまでブログで綴ってきた「小倉東洋軒」ネットで書けるギリギリ?いや、書き過ぎかもですが、私の知る範囲を思い出しつつ、最終版かつ総集編としてUPします。
(定番「ワンタンメン」880円)
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(2021年6月8日 結果として最終訪問となった1杯 タケノコ多め。海苔はサービスで+1)
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<創 業>
昭和37年、らしいのですが、いつか大将は「37年か38年頃」とアバウトに言ってました(笑)黄金町で開業し、ずっとココ。ですが、厳密に言えば・・・少し移動してます。
最初の店舗は今、駐車場と都市高速(建設時は「北九州道路」)になってるあたり。自動車専用道路建設による立ち退きで移転。前のお店は、今のような立派なスープ室はなかった・・・位は私も記憶があります。旧店舗は手狭で、仕込を別の場所(片野新町付近)でやっていた時代もある(私の父・談)とか。近くの「虎屋のパン」(創業・昭和26年)が47年に、同じ理由(道路建設)で今の場所に移転してるので、移転はその頃だったかなぁ。移転直後のピカピカの店内の様子を、いまでも憶えてます。ちなみに、その頃は、バイクで出前もやってました。正式名称は「有限会社 小倉東洋軒」。
(こちらは、麺なしの「ワンタン」770円 ラーメンと同じ価格)
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<修 行 先>
大将から直接聞いたのですが、実のお兄さんが経営されていたJR小倉駅近く(京町3-6-17)にあった「宝来軒」で修行(セントシティ=旧小倉そごう建設による立ち退きがあったのかどうか確かではありません。ただ、ゼンリンの古い住宅地図で確認すると、すぐ近くですが上記の場所に「宝来軒」が存在してました)。「宝来軒」は、その後、八幡東区春の町に移転し、2代目が頑張ってます。余談ですが「宝来軒」では20年くらい前?だったかな、小倉時代の電話番号入り(局番2桁)の丼を使ってましたね。
東洋軒の大将、修行前に入る前は、近くにあった「小倉中央会館」でボイラー関係の仕事をしていたらしいです(これは一時期、同じ会社に在籍していた誰かさん→わが母の証言です)。なるほど、スープ室で大将ご自慢の器具を見せていただいたことがありますが、前職で培ったであろう技術力で、火の扱いはお手のモノ。東洋軒のスープは、灯油バーナーとガスバーナー併用での、しっかりした火の管理(強火)と、1つ百万円?と言われる特注の羽釜を使い、ラーメンを改良・工夫された大将の努力の賜物と思ってます。その後、黄金町に「東洋軒」開業。最初の頃はいろいろと苦労されたようです。前職時代に一緒になった女将さんと、二人で盛り上げて、一代で人気店にまで育ててこられました。 
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<大 将(社長)>
確か86才になられたはず。無類のクルマ好き。というか、機械モノの操作全般が趣味のようです→別宅では自分でユンボ運転して整地したり・汗)。
お店が軌道に乗り、最初の乗用車を大将に売ったのは、誰かさん(→私)の父らしいのですが(大将によくその話を聞かされました・笑)かつては、クルマを買い換えるごとに、ラーメンの値段が上がっていたと言う、有名な話があります(爆笑)→複数の元従業員・わが父の証言あり。しかし、ホント、いつもメチャ、パワフルで元気でした。勢い余って従業員に、時には厳しい指導もしてたので、イチゲンさんには不評でしたね。でも、愛情のある叱りだとわかってる常連は、やってるわい、てなものでしたね。活気を感じてました。あとから叱られた側も含めて笑い話になるんです。先に触れたガスバーナーを改良したり、平笊を自作したり。屋根に上って老朽化した店舗の雨どいや雨漏り修理したり。近年、流石に麺上げができなくなり、それでも営業時間中は店舗に出てましたが、最近は営業時間中に姿を見ることがなくなりました。仕込みの指示はされてるようです。一度、大将に元気の源は何ですか?と聞いたことがあり、答えは、お客さんのおかげだと。気を抜かないように緊張感持って仕事しているのが、良いのかもと仰ってましたねぇ。
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<女 将 さん>
もう何年も、ほとんどお店には出なくて、平成後半あたりから厨房で見たのは1回くらい。昔は、奥さんが麺揚げ、大将がスープ作り中心って感じでされてましたね。白に赤ラインの割烹着は、大将と奥さんだけで、青の縦縞は従業員さんです(平成後半から夏場はTシャツ)。さて、現在ですが、大将が厨房に居る時は、お店のどこかに奥さんが居ることが多かったです。しかし、残念ながら奥さんはご病気されて以来、厨房業務から完全に引退され、昨年、天に召されました。かつてこちら出身の「ゑびす屋」(門司区・すでに閉店)の大将も証言してましたが、奥さんの作るラーメンが一番旨かった・・・と。人柄が出るような、とても優しい味わいでした。仕込みは同じでも、作り手でラーメンの味が変わるということを、学ばせてもらいました。あの元気な大将をやさしく支えてこられた女将さん。晩年は、大将がしっかり面倒を見ておられました。
(富士山に登ると言ったら、マウンテン仕様で出てきたタケノコ・笑)
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<紅いのは「タケノコ」>
ネットが一般的になったころの一時期、いろいろ書かれました。シナチク、メンマ・・・違います。いまや周知の事実ですが、ネット創世期の頃は多くの方が勘違いしてましたね。ましてや紅生姜ではありません。医者に診てもらいましょう(笑)テーブルやカウンターの上にあるのは、確かに紅生姜ですが・・・最初からラーメンに入っているのは、タケノコです。東洋軒のは、孟宗タケノコで、お店で仕込みしてます。そのタケノコ、合馬産との情報もありますが、考えても見てください。合馬産が通年手に入るわけもなく、合馬だけでなく、いろんな産地・輸入物もあるそうです。なお、大将の修行先「宝来軒」のラーメンにはタケノコは入っていなくて、紅の色も含めて、大将のオリジナルであり、こだわりの自慢の逸品です。仕込みはとても大変らしく、独立したお弟子さんが、ほとんどコレを出してないことからも頷けます(紅しょうがのように、タケノコの色がスープに滲み出たことがないのに気が付いた方も多いと思います)。あまりシャキシャキした感じもなく、ラーメンの邪魔をしない。そんな貴重なタケノコですが、頼めば気前よく「大盛」にしてもらえました(ネギも大盛対応アリ)。
 (メニュー表 必ず蛍光灯が写り込むので写真撮るのが難しい・笑)
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<メニュー>
ダントツ人気は「ワンタンメン」。私もこれが一番。実は若いころは、食べたことがなかったものです。ちゅるるんとしたワンタンの皮と、ラーメンにめちゃ合うのに主張しすぎない餡。この餡の肉感が勝ると餃子っぽくなるから、バランスも絶妙。いろんなワンタンメン食べてみたけど、ここのワンタンに勝るのに、いまだ出会ってない。そー言えば子どものころ、母はもっぱらワンタン麺か、ワンタン(麺なし)を食べていたなぁ。それがわかるトシになったのかな。若いころに、割とよく食べていたのはチャーシュー麺だった。ワンタンチャーシューは高すぎて手が出ないし、あまりゴテゴテしてもねぇ。ワンタン麺とワンタンの違いは、麺の有無の他、入るワンタンの数が倍くらい違って。純粋にワンタンを楽しむなら、麺なしあり、なんだけど、麺が入ることを計算してのスープにタレなので、ちょいと塩辛さが増す。なので、ワンタン麺が1番。ハッキリ聞いたわけじゃないけど、チャーシューは塩ゆで。質の良いモモ肉チャーシューが、スープが濃い時代も、今も、ピッタリ合う。その塩ゆでした汁が、ラーメンの味付けに使われてるとか。
(ラーメン 770円)
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<トンコツ100%?>
比率は諸説あるし企業秘密なんでしょうが、わかる方にはわかるでしょうが、決して少なくない量の鶏ガラが入ってます。という話を、かねてから噂(テレビでも見たけど・笑)として聞いていたのですが、一度、スープ室を覗かせてもらってシッカリ鶏ガラを見たので、間違いないです(笑)スッキリ感は、北九州のイニシエ系ラーメンの定番、鶏ガラ入りだからこそかと。なお、その日のスープの出来によって調整の為、さらに鶏がらスープを使っているらしいです。久留米ラーメンを標榜してるので、豚骨のイメージが強いとは思いますが、それは、地元に合わせてます。そういえば、昔に比べて薄くなったというお嘆きをよく耳にします。確かに幼少のころ、スープに油の膜が張るぐらい濃厚であったのは事実ですが、大将の加齢とともに、穏やかな味わいへと変わって行きました。都合よく、私も加齢により、丁度良い濃さのままで、だから長く通えました。このようなスープですが、驚くほど獣臭がなく、雑味もなく、しかしコクはしっかり感じるんです。そして鼻に抜ける、東洋軒ラーメン特有の良い香りが食べ終わるまで続く。臭みを出さないことも技術。素人にはわかりませんが、下準備とか手間暇かけているんじゃないかな、と。濃くて匂うのこそがトンコツ、って方とは意見が合わないかなw
そういえば、お店は古くても、店内や釜に至るまでキッチリ掃除されていて、半世紀なるのに奇麗でしたね。雨漏りするって激怒したSNS書き込み見かけしたが、見るとこが違うな。ま、これも人それぞれですがね・・・
(コロナ禍前の店内&大将が厨房に居た時代の逆アングル)
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<仕入れ先>
肉や骨は、八幡東区荒生田の「山田屋」。朝早くに配達車を見かけてましたw 麺は小倉北区の安部製麺と聞いてます。麺と言えば、二十数年位前は「カタメン」なんてオーダーすると大将が忙しいから、できないって断っていたんですが(そもそも、北九州のイニシエ系ラーメンにカタメンの文化は無かった)、時代の流れで応じるようになってます。
(以下、独り言)
そう、長浜ラーメンが有名になるにつれ、長浜=福岡のラーメンみたいに、北九州でもだんだん増えてきて。私は古い人間なので、北九州では聞かれない限り、カタ麺オーダーすることはないし、イニシエ系でカタメンって、個人的に合わないと思う。デフォが一番。なんでもかんでもカタメンってどうなの?と。ましては初めてのラーメン店で、と。大阪お好み焼みたいにマヨネーズかける文化がなかった、広島お好み焼が、時代と共にマヨネーズを置くようになったのと同じ?え?違う?(汗)
(かな~り前に、突然、大将からいただいたTシャツ。今、年中スタッフが着てます)
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<後継者>
一時期後継者と見込んでいた親戚とお弟子さんが、店に居たけれど。お弟子さんは辞めて、門司に自分の店を開店(前出の「ゑびす屋」・閉店)。一方、残った親戚の方は、身体を壊してしまって、やはり辞めることになり。その後も、従業員へという話があったものの、立ち消え。大将が完全引退を決め、若手従業員にお店を引き継ぐ話もあったらしいのですが・・・この先は私の想像ですが、結局は、ここに至るまで引継ぎができなかったこと、苦労して女将さんと頑張って店を繁盛店にしたこと、その女将さんを先に亡くしたこと。その思いがあって、自分一代で・・・とも考えてたのかもしれませんね。
ちなみに、大将は、お弟子さんが卒業後、どうしているかということは、かなり突っ込まないと教えてくれません。ただ、何人か巣立って行って、お店は出したものの、なかなか軌道に乗らないようですねぇ。真鶴の「宝龍」は健在ですが・・・(以下略)
一時期、直方にあったソックリな東洋軒。支店ではなく、前にお店に居た人で、まったく知らないわけではないが、直接の関係はなかったようです。黒崎に、かつてあったらしい東洋軒は、親戚らしくて、こちらはシッカリ協力したらしいのですが、すぐに閉店してしまったようです(汗)
なお、息子さんが厨房に居るような情報をネットに書いてる人もいたけれど、息子さんは全く別の、仕事をされて、かなり成功された方、なんですけどねぇ・・・よくお孫さんの話と共に雑談で聞かされてました(笑)
(ダイエット意識してからあまり食べてない、おにぎり。おにぎりも旨かった)
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<スタッフ>
メガネの男性は店長。昼間中心の勤務で仕事帰りに寄ることが多かった私はあまり馴染みがなかったかな。金髪若手のお兄さんは、チャラいことは全くなく仕込みとか夜時間帯のお店の切り盛り片付け、キッチリ仕事されてました。叱られじいちゃんこと、ヒデさん。ここで一番勤務が長い(はず)従業員さんでした。飄々として、どんだけ怒られても暖簾に腕押しw大将との「カミナリ漫才」は、愛情のあるカミナリだったからこそ、ヒデさんも喜んで仕事されてましたね。笑いにつながるんです。ヒデさん、身体悪くしても、なお、働く気満々だったようですが、さすがのご高齢。心配した大将スタッフ一同から、勧められ円満に退社となったようです。
ヒデさんに代わって入店した女性。実は以前も働いていたんだけど、一度辞めて、なんと、ボクシング日本一になって、戻ってきました。東洋軒の長年の課題は従業員不足。ひとりが事情で欠けると、臨時休業になるという・・・元気のいい女性が加入して一安心?
あ、あと、人手不足の時は見かねて偶に店を手伝ってる年配女性。彼女は「おにぎり作り専門」の従業員さんだそうです。すげー。
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さて、この話。実は続きがありますが、今(本日は)は事情により書けません。
まだUPしたい写真もどこかにあるし、おそらく、数日後、書き足すと思いますので、よければ見てやってください。
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(追記)
色々綴ってきましたが、このように歴史が長くなると、さすがに店舗自体もあちこち痛んできて、雨漏りしたりと、維持は中々大変だったようです。例えば、羽釜も痛み、そろそろ取り替えないといけないが特注品なので時間がかかる、火力周りも大将オリジナルだけに高齢になりメンテナンスの問題。遅すぎた後継者引継。大将自身の引退は、ずっと支えだった女将さんに先立たれ、流石の大将も腹を括ったのではないだろうか。しかし、急転直下(これが改装や閉店というウワサが大きくなった、ドタバタの理由やもしれません)。大将は自分一代で店をたたむことを突然、決断された。
そこには、いろんな想いがあったと・・・それは想像に難くない。
6月初めに閉店が決定され中旬に営業休止。そして昨日(2021年7月6日)付で従業員は全員、退職となり。コロナの影響とかスタッフの総入替えという単純な話ではないし、現場に立てない高齢の店主がイチから従業員を育てることは誰の目から見ても困難であり、昨日をもって事実上の閉店が決まったことになります。長い歴史を持つ小倉の名店が、告知もせず、突然、こんな形で幕を下ろすとは悲しい限りです。従業員がだれも居ない今、高齢の大将が告知や掲出をするかはわかりません(難しいかもしれませんね)。従業員が退職とされた日付も過ぎたので、東洋軒を長年愛してきた一人として、この末尾でお知らせします。
ずっと走って来られた、大将。ゆっくりされてください。もし、街中で見かけた時は、ゆっくり話を聞かせてください。いままで、ありがとうございました。スタッフの皆さんの今後を、期待しています。
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(おまけ)都市高速建設による移転前に店舗があった場所
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